人生に一字空けはできない
絵を書くのは楽しい。きのうはずっと絵を書いていた。デッサンなんてさっぱり出来ないし、漫画も書けないけど。
三月がおわって新しくもない四月が来ても、三歳のころみたいに色遊びをして、働き始めてもいないというのに、ゆめの敗北者の矜持もなく、きのうの日記を書いている。
思い切りがいいねと言われても、そうだねと返せる。下書きなんてだるくて直でチューブから爆発させるみたいに書くけど書けないから、丸一日 全部 無駄にしてしまう って声がくっきり聴こえてきて、きのうはおとといになってしまった。
一途の意味を取り違えているからわたしは、掛けた時間で美しさが変わると思っていた。いたかったかな、刻んだ文字しか化けられないと信じていた。よくあるはなしよくあるはなし。
こうやって行数を重ねるとこぼれていつか空になって、からになったら書けなくなるかもしれなかった。不完全な言葉を投獄させることは罪にも等しいような気がしてた。大方うまくはいっていなくても、見切りをつける力は足りていない。それはもうずっと前から。
えのぐを塗り潰すみたいに、走って追いつけない速さで。きみとのやくそく、やぶりつづけて、初日からちこくだね。それはまだ、はるやすみのつづきということにしておいてもいいかな、
全然楽しくなくて、近寄らせてもくれないひとのことを、頭の中から剥がせたことはなかったし、一緒になんて過ごしたいわけじゃなかったのに。はるがおわっても、多分そう。
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4月の習作/ykpythemind