拝啓・けいおんさーくる

   借りパクしたみっともないギターの音で目が覚める。度数だけ高くてまずい酒を飲む。雑魚寝したのがうれしかったんだね、 よかったね。きみは知らないかもしれないけれど、お酒ってほんとうはおいしいんだってさ。

 

    いつか終わる執行猶予をめいっぱい楽しむことにすべてを掛けてしまうなんて、ばかみたいで仕方がなかった。スーツの代わりにギターは売ったの? まともになれたと思うなよ。制服時代に受けた傷がまだ開いているならさ、耐えられなかったなら、いけにえをにるのはやめたほうがいい。サマーはエンドレスしないからうつくしいんだって知らなかったんですか? 先輩、おれは陰キャのヲタだからって言いましたよね? 変われたとか思ってました?しねよ、生命に関わらない形でなるべく辱めを受ければいいのに。

 

   酩酊したおれがギャグをつくれたら、あのときのきみの告白が単なるひっかけだったこと、古典的にはアンチテーゼになってくれるかもしれない。そうやって、そうやって過去を塗り替えても、同窓会には行けないくせに。

 

   五年後にきらめく思い出を作るために歪ませられたファズのこと、ちょっとでも考えたことがあるの? お前のために折られたスティックがひとつひとつ、しんでいった精神で必修単位は取れたはずだった。枠にはまるのがこわいなら帰ればいいのに。選曲のセンスがいいなんて笑わせないで、DJでも編集者でもなればいいだろ。『わたし、先輩がこのまま就職しないでバンドやってたら縁切るから』って明るく笑った二年の女のこと、2017/7/30 メモが残ってる。お前の声が耳障りだった。先輩がへらへらと笑っていたこと、悲しかった。かなしかったよ、どうして言い返さなかったんですか?

 

   春になったらすべて忘れるくせに、醸成された価値観は残り続けてきみはいつかひとを傷つける。語り続けられる思い出にいない人数分が、本当に、本気でさあ、やろうって言ったのに。ベースの音ひとつ聞き取れなくても。知っている音楽で知っている人間で知っている恋愛の話で満席だった。いつも、知っている世界は安全だから過去も未来も見なくていいもんね。一本締めをしたら矮小な自意識は朝のすずしい風にのって消えてしまいました。コンビニで買うと味噌汁がおいしい? 冗談を受け入れられる人間のこころは広くて、わたしたちはサークル全員の顔と名前を覚えている。みんながだいすきだったよ。いまだけ。

 

   お酒に弱い女だけ集めたしょぼい席で先輩の容姿を順位付けしたことがあった。酔っていたから? 血が抜けるみたいに泣きたくなるな、わたしは媚び方をうまく知らなかったし、曖昧に笑っていたかもしれない。聞いてもいないのに自分の顔を痛めてきてさ、先輩の話ひとつも面白くなかったんですよ。わたし笑ってなかったけど気付いてたでしょ、あざ笑うことくらいでしかどうしようもないから、これからきっと交わらない今は、たのしくOLしてんだろ? よかったね。

 

   規律のなかでいい音がうまれてくれるわけがない。うまれてたまるか、写し取った分だけの旋律が脳にしまわれて、きみはなんか変わったの? 自分の言葉で話さない限り本当のことなんてひとつもないままなのに、知ってるくせに、頭がわるいから涙を流せるんだよ。軽蔑していたいわたしのことはゆるしてほしい。自己破壊の延長戦で酒を食らって下北沢を主軸にするマッシュカットの男が歌うような恋だけで、せめて鍵垢のフォロワー五人だけには本音を言えたらいいですね。そんな風に生きていけばいいよ、もうそれでいいよ。

 

   わたしがたとえば気を取り直して就職したってフリーですごい人になったって、軽音サークルに入ることはできないように、あった時間はたしかに消えない。そこらへんの大学生と同じように安いモラトリアムを消費して、それを五年後も大切に保管していることを、だれにだって取り外すことはできないから、一生蚊帳の外だけど。初めて音を重ねたらなんかどうでもよくなって、世界でわたしたちだけがいるみたいになって、そういう、そういう夜もあった。たとえば新宿で、下北沢で、所沢でもいいけど。そんなにうつくしかったのに、瞬間だけがあればよかったのに、プライベート保存でよかったのに。

 

    背筋の凍る一発ギャグで笑ってみたら大学生になれて、踊り出したくない日にも踊ったから大人になれましたか? こどものままでいいよ、ギターはいくつだって弾けるからね。被害妄想をほどくみたいにして四年前にタイムリープしても、わたしは同じように入ってすぐに辞めるんだろうし、改革もしないのに愚痴だけを引きずるように、そんなのっていちばんやるせないよね。わかってるよ、でも軽音サークルなんかにいたせいで、そうやって生きているのがくやしくて自傷のふりで、酒を飲んでいるなんて酔った言動を謹んでほしかった。おとことかおんなとか下世話なことじゃなくたって楽しい話はあるよ、終電で帰っても満たされている夜だってあるし、狭くて閉じた世界では見えなかったことがいつか、そんなふうにさげなくてもいい夜がくるかな。軽音サークルなんかにいたせいで、お酒をおいしく思えないなんてかわいそうで、かわいそうだ、わたしはすぐに辞めちゃったから、一生それがわからないなんて、軽音サークルのせいじゃん。そうだよね。わたしがこんな、長い自己弁明を書いてしまうのも軽音サークル、きみのせいということにして。